ダブル辞任で何が変わるのか(2014年10月28日)

 10月の後半、マスコミの扱う政治の話題は女性2閣僚の不祥事への対応と影響に終始しました。すなわち小渕優子経済産業大臣が観劇会の「収支報告の虚偽」や「選挙区有権者へのワイン贈与」などを追及されて自発的辞任を選び、松島みどり法務大臣は夏祭での「うちわ無料配付」が公職選挙法違反の疑いで告発され、詰め腹を切らされて「ダブル辞任」となりました。

 安倍内閣は発足から1年9ヵ月後の改造まで1人も閣僚の辞任がなく、戦後最長の記録を更新中でした。それが「目玉」といわれた女性閣僚から綻びが生じたのですから、皮肉なものです。

 結果は両大臣の辞任に発展しましたが、今回の不祥事報道の特徴は、小渕氏の場合は「本人は知らなかったらしい」、松島氏は「1本80円のうちわ程度で」といった、同情的な雰囲気がなくはないということでしょう。もちろん違反は違反です。しかし、テレビでコメントするのは簡単ですが、規制の対象となる当事者の立場は感想も複雑なものがあります。

 不祥事が明らかになるたびに法律は細かくなり、1円以上の支出については領収証の公開が前提ですから、議員本人と秘書が真摯(まじめ)に対応すれば両大臣のようなミスを犯せるはずがないのです。その厳しい法律が往々にして社会慣習と合致しないので、政治家は困惑します。

 お祭に一升瓶を奉献できないのはようやく知る人も多くなりましたが、お葬式に香典を持参できないのは、儀礼に反すると受け止められているでしょう。本人が参列していれば違反でないと誤解している人もいますが、違法は違法です。時候の挨拶状(その最たるものは年賀状)や、当選の御礼状を出せないことは、「失礼なやつだ」という批判を甘受しなければなりません。

 儀礼と利益供与のはざまで

 問題の「うちわ」は80円程度であっても有価物だとされていますから、私は作ったことも使ったこともありません。カレンダーも同様です。しかし、紙の政策資料がゴミ箱や電車の網棚に捨てられるよりは、持ち帰っていただく方が本来は資源の有効活用になるはずです。ですから便利なもの、使われるものをとの誘惑にかられるのでしょう。

 しかし、使えるものを渡せば便宜の供与とみなされ、ちょっとした思いやりや親切心が利益供与と疑われてしまいます。政治家なら、その境界を理解しているはずです。が、違法行為をしないと誓うことは容易でも、それを正当に評価する有権者が多くならないと貫徹はできません。

 結論めいたことを申すと、違反を犯さないという決心には不利も覚悟の勇気が必要です。禁止なら禁止で周知徹底されればいいのですが、法の運用において裁量の余地が大きいと、選挙の公正が損なわれる事態が起きかねません。

 世界には民主主義の歴史が浅い国がたくさん残っていますが、そんな国々を笑えない状況に日本が陥ることのないよう、政治家のみならず有権者も相当な努力を求められているのです。「ダブル辞任」が、せめてその端緒になればいいのですが。

安倍政権にかげり?(2014年7月15日)

 2012年12月の総選挙、そして昨年7月の参院選挙に圧勝して盤石な政権基盤を誇ってきた自民党の安倍晋三首相ですが、ここへきて、内閣支持率の低下や滋賀県知事選挙の敗北などで、「かげり」ともいえる状況が見えてきました。

 要因は明らかです。「集団的自衛権の行使容認」という、戦後の日本が国是として守ってきた平和主義の大転換につながる政策を、憲法解釈の変更という手法で拙速に強行し、7月1日に閣議決定したことです。経済の再生を願って託したはずの安倍内閣が、「何」を「どこまで」やるのか、国民の間に大きな不安を醸成してしまったからです。

 閣議決定の以前と以後で、内閣支持率は10%近くも下がっていますし、序盤戦は優勢を伝えられていた滋賀県知事選の自・公推薦候補に、その日を境に逆風が吹きはじめたそうです。

 とくに公明支持層の動揺は深刻で、その8%が党の意向に反して三日月候補に投票しています。また、熱心な支持者が多いといわれる期日前投票に足を運んだ支持者が総選挙、参院選と比べて半分以下だったともいわれています(朝日新聞の出口調査その他)。

 また、石原慎太郎氏らの「次世代の党」との分党で揺らいでいる「日本維新の会」にも影響は顕著で、滋賀県本部や橋本代表が自・公候補を応援したにもかかわらず、支持者の6割は三日月候補に流れたといいます。

 自民党の一人勝ちで「一強多弱」だった政局が、勝者の傲りで少しずつ動きはじめているのかも知れません。慎重にやればいいのにと、賛否どちらの人も思うのに聞く耳を持たずに急いでしまう。つくづく、「政治は魔物」という感じがいたします。

滋賀県知事選挙
三日月大造 253,728
小鑓隆史(自・公) 240,652
坪田五久男(共) 53,280
投票率50.15%(前々回44.94%)

人材は残されたか――年頭所感(2013年1月1日)

 歴史家の秦郁彦氏は、「愚者によって愚劣な決定がなされる前には、すぐれた人材を排除してゆく過程が先行する」と書いています。昭和57年(1982)に刊行された『昭和史の軍人たち』の一節にあり、これが歴史の教訓なのです。

 昭和16年の開戦を前に、戦争を回避しようと考えた政治家・軍人たちもいましたが、彼らが無力であったことを、われわれは知っています。良識派の人びとは議会にもジャーナリズムにも守られることなく、テロの恐怖にさらされ、そして沈黙せざるを得なくなりました。残った愚者たちは、経済力、軍事力において圧倒的優勢な米国に対して無謀な戦いを挑み、そして敗れました。その過ちを悔いたからこそ、憲法において不戦の決意をし、経済に特化した政策を追求して繁栄をもたらし得たのです。その戦後史の大前提を知ってか知らずか、今、その国是を転換しようとする動きが勢いづいています。

 昨年末の総選挙は、1)消費税増税、2)改憲・国防軍・核シミュレーション、3)原発は推進か維持、を主張する政党が、いずれも3分の2超の議席獲得という結果になったのです。投票した人びとが望んだのでなくても、選挙の結果は厳然たる事実とされてしまいます。

 問題はこれからです。その事実を知って、それでよいと考えるか、それとも是正すべきと考えるか。私は、世論もいずれ気づくと考えます。選挙時の世論調査によると、たとえば関心事項として「改憲」は3.7%しかなかったのです(朝日新聞)。自民党やその他の改憲政党に与えられた議席は世論が改憲を望んだためではありません。まして、自民党へ投じられた票自体は、惨敗した2009年総選挙よりも少なかったのです(小選挙区2730万→2564万、比例区1880万→1662万)。

 何よりも、新聞やテレビの姿勢が少しずつ変化しています。強権の行使は抑制させようという意図も感じられます。しかし、その動きを具現する人材を、政治は温存しているでしょうか。秦氏の言葉を、もう一度、噛みしめなければなりません。すなわち、愚者によって愚劣な決定がなされる前に、すぐれた人材を排除してゆく過程を先行させてしまったことが、返すがえすも残念です。

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